19世紀ドイツの哲学者ショーペンハウアーは、哲学史上でもっとも文才のある書き手のひとり。
今回は彼の主著『意志と表象としての世界』の一節を、英訳で読んでみます。彼の文章は、非常にクオリティの高い精読用の教材になります。
なお英訳(『The world As Will And Representation』)は、パブリックドメインとなっている R. B. Haldane J. Kemp の訳を使用させていただきます。日本語訳は筆者によるものです。
『意志と表象としての世界』の英訳を読んでみる
では『意志と表象としての世界』のなかから、虚栄心について語った箇所を読んでみましょう。エッセイに近い内容で、肩の力を抜いて読める部分です。
Certainly human life, like all bad ware, is covered over with a false lustre: what suffers always conceals itself; on the other hand, whatever pomp or splendour any one can get, he makes a show of openly, and the more inner contentment deserts him, the more he desires to exist as fortunate in the opinion of others: to such an extent does folly go, and the opinion of others is a chief aim of the efforts of every one, although the utter nothingness of it is expressed in the fact that in almost all languages vanity, vanitas, originally signifies emptiness and nothingness.
英文解説
それでは、一文ずつ解説していきます。
① “Certainly human life, like all bad ware, is covered over with a false lustre:”
語彙
- ware:商品、品物(不可算名詞。hardware, softwareのwareと同じ)
- false lustre:偽りの光沢
- cover over with〜:〜で覆う
読解ポイント
- 挿入句 “like all bad ware”:主語(human life)と述語動詞(is covered)の間に、コンマで挟んで比較の副詞句が挿入されています。英文では主語と動詞の間にこのような挿入が頻繁に起こるため、「主語→(挿入)→動詞」という骨格を見失わないことが重要。試しに挿入句を外してみると “human life is covered over with a false lustre” というシンプルな第2文型(SVC相当のbe covered構文)が見えてきます。
- be covered over with〜:「cover A with B(AをBで覆う)」の受動態です。overは「すっかり、一面に」という完了・徹底のニュアンスを加える副詞で、単なるcoveredよりも「覆い尽くされている」感が強まります。
- 文末のコロン(:):この後に続く内容が、直前の主張(=人生は偽りの輝きで覆われている)の具体的説明・根拠であることを示す合図です。英語のコロンは「つまり」「なぜなら」に近い機能を持つことが多く、次に来る情報が前の内容を補足・敷衍すると予測しながら読み進めるのがコツです。
日本語訳
確かに人間の人生は、粗悪品がいつもそうであるように、偽りの光沢で覆われている。
② “what suffers always conceals itself;”
語彙
- suffer:苦しむ(自動詞)
- conceal oneself:自らを隠す
読解ポイント
- 関係代名詞whatによる名詞節:”what suffers”は「先行詞を含む関係代名詞」で、”that which suffers”(苦しむところのもの)と書き換えられます。whatは「〜すること/もの」という意味の名詞節を作り、ここでは文全体の主語になっています。
- suffer(自動詞)+always(頻度副詞)の語順:一般動詞の前に頻度副詞を置くのは基本語順どおり(He always suffers…のような文の主語部分がwhat suffersという節に置き換わった形と考えると理解しやすい)。
- セミコロン(;)の役割:①の文とこの文はセミコロンでつながれています。セミコロンは、文法的に独立した2つの文(それぞれSVを備えた完全文)を、接続詞なしで意味的に強く結びつける記号。ここでは「①の一般論→②のより具体的な言い換え」という論理関係が、接続詞を使わずにセミコロン一つで示されています。
日本語訳
苦しんでいる者はつねに自分を隠すが、
③ “on the other hand, whatever pomp or splendour any one can get, he makes a show of openly,”
語彙
- pomp:華美、誇示
- splendour:華麗さ
- make a show of〜:〜を見せびらかす
読解ポイント
- 前置目的語の倒置構文:この文の基本構造は “he makes a show of [whatever pomp or splendour any one can get] openly” です。本来目的語であるwhatever節が、強調のために文頭に移動しています。この「目的語の前置(fronting)」は文語的・修辞的な文体で好まれる技法で、口語ではあまり使われません。目的語が前に出た結果、動詞makesの直後には目的語がなく、代わりにof(makes a show ofのof)が浮いたような形になっている点に注意が必要です。読むときは、まず”he makes a show of 〜 openly”という骨格を頭の中で組み立て、そこにwhatever節を目的語として当てはめ直すと上手くいきます。
- whatever+名詞(複合関係代名詞):”whatever pomp or splendour”は「どんな華美や栄光であれ」という意味で、whateverが名詞(pomp or splendour)を直接修飾する形容詞用法です。「any pomp or splendour that〜」とほぼ同義に置き換えられます。
- any one can get(関係節、関係代名詞の省略):whatever pomp or splendourの後に続くこの節は、本来 “that any one can get” という関係詞節ですが、目的格の関係代名詞thatが省略されています。「名詞+(that)+S+V」という、関係代名詞省略のパターンは英語では頻出なので、名詞の直後にいきなりS+Vが来たら関係詞の省略を疑う習慣をつけると読解がスムーズになります。
背景考察
虚栄という行動パターンの記述。ショーペンハウアーにとって他者の評価を求める行動は、内的な幸福の欠如を覆い隠す手段として機能すると考えられています。
日本語訳
反対に、人が少しでも手に入れた虚飾や華やかさは、誰もがこれ見よがしにひけらかす。
④ “and the more inner contentment deserts him, the more he desires to exist as fortunate in the opinion of others:”
語彙
- desert(動詞):(人を)見捨てる、去る ※名詞の「砂漠(desert)」や「デザート(dessert)」と混同しやすいので注意
- exist as fortunate:幸福な者として存在する
- in the opinion of others:他人の評価では
読解ポイント
- “the 比較級 S+V, the 比較級 S+V”構文:いわゆる「比例のthe」構文で、「〜すればするほど、ますます〜」という意味を表します。この構文の最大の注意点は、the moreの後に来る要素の品詞・役割を正確に見抜くことです。
- 前半:”the more inner contentment deserts him”→ここでのmoreは”much”の比較級で、動詞desertsを修飾する副詞(程度)。つまり”inner contentment deserts him much”の”much”が比較級化して前に出た形で、”inner contentment”が主語、”deserts”が動詞、”him”が目的語という構造は変わりません。
- 後半:”the more he desires to exist as fortunate”→ここでのmoreも同様に副詞で、動詞desiresを修飾しています。”he desires〜 much”のmuchが比較級化したものです。 この構文は、the moreの直後に名詞的な要素(ここではinner contentmentやhe)が続くため、一見the moreがそれらを直接修飾する形容詞のように誤読しやすいですが、実際には副詞として動詞にかかっている点を意識すると誤解が防げます。
- exist as fortunate:existは通常「存在する」という完全自動詞ですが、ここでは”as fortunate(幸運な者として)”という副詞句を伴って「〜として存在する」という状態を表しています。
背景考察 内面の欠乏と外面的な虚飾の希求が反比例するという分析は、承認欲求が内面の空虚さの代償であることを示しており、後のニーチェのルサンチマン論や、現代における承認欲求論の先駆けともいえる視点です。
⑤ “to such an extent does folly go,”
語彙
- folly:愚かさ、愚行
- to such an extent:それほどまでに
読解ポイント
- 否定・準否定的な副詞句の文頭倒置:通常の語順であれば”Folly goes to such an extent”となるはずですが、程度を表す副詞句”to such an extent”が強調のために文頭に出た結果、主語(folly)と動詞(goes)の間に倒置が起こり、一般動詞のため助動詞doesが導入されて”does folly go”という疑問文のような語順になっています。この「副詞(句)の前置→主語・動詞の倒置」というパターンは、”Never have I seen such a thing.”や”Only then did he realize〜”などと同じ仕組みです。「否定・限定・程度を表す副詞(句)が文頭に来ると倒置が起こる」というルールを知っていれば、doesが疑問文の合図ではなく倒置のためのものだとすぐに判断できます。
- go(自動詞)の用法:ここでのgoは「至る、及ぶ」という意味の自動詞で、”go to such an extent”で「それほどの程度にまで至る」という意味になります。
背景考察 他者評価への執着を「愚行」と断じる点に、ショーペンハウアーの倫理的立場が表れています。
⑥ “and the opinion of others is a chief aim of the efforts of every one,”
語彙
- chief aim:主要な目的
- the efforts of every one:誰もが行う努力
読解ポイント
- 単純なSVC構文への回帰:ここまで倒置や比較構文などやや複雑な文が続いていましたが、この節はシンプルな「S(the opinion of others)+V(is)+C(a chief aim of〜)」という第2文型です。長く複雑な文が続いた後にこうした基本構文が来ることで、読み手は一旦文構造の負荷から解放されます。複雑な文の中でも、こうした「骨格の単純な節」を見つけて呼吸を整えることが速読のコツ。
- every one(2語)とeveryone(1語)の違い:現代英語ではeveryoneと1語で書くのが一般的ですが、本書のような古い英訳では”every one”と2語で表記されることがあります。意味は同じ「各人、誰でも」ですが、本来”every”+”one(one person)”という組み立てだったことがわかる表記です。
背景考察 社会的存在としての人間が、自己の内的価値よりも他者からの評価を行動原理とする傾向への批判。これはショーペンハウアーが晩年の随筆(『余録と補遺』)で展開する名誉・地位・名声論とも通底する主題です。
⑦ “although the utter nothingness of it is expressed in the fact that in almost all languages vanity, vanitas, originally signifies emptiness and nothingness.”
語彙
- utter nothingness:まったくの無
- vanity/vanitas:虚栄/(ラテン語で)空虚
- signify:意味する
読解ポイント
- although節の位置と機能:althoughは通常、文頭または文中いずれにも置けますが、ここでは前の主張全体に対する逆接として文末に置かれています。「〜だけれども」という訳を、前の文の最後に付け足す形で処理すると自然な日本語になります。
- the fact that〜(同格のthat節):”the fact”の直後のthatは関係代名詞ではなく、同格を表すthatです。「fact=that以下の内容」という関係になっており、「〜という事実」と訳します。同格のthatは、fact, idea, news, possibilityなど「内容を伴う抽象名詞」の後によく使われるパターンなので、この形を見たら「名詞=that節の内容」という等式関係を意識すると理解が進みます。
- 主語の同格的な並置(“vanity, vanitas”):”vanity, vanitas”という並びは、英語のvanityとそれに対応するラテン語vanitasを並べて示す、いわば言語間の”同格”表現です。コンマで区切られた2語は「vanity(すなわちラテン語のvanitas)」という関係にあり、この文の主語として機能します(動詞signifiesは3人称単数形なので、主語は”vanity, vanitas”を一つのまとまりとして受けていると解釈できます)。
- originally(副詞)の位置:originallyはsignifiesを修飾する副詞で、「もともとは〜を意味していた(今の意味とは異なる)」という含みを持たせています。この一語があることで、「現在のvanity=虚栄という意味」と「本来のvanitas=空虚という意味」との間のギャップが強調されている点を見逃さないようにしましょう。
背景考察 ラテン語”vanitas”は、旧約聖書「コヘレトの言葉」の”vanitas vanitatum, omnia vanitas”(空の空、いっさいは空)を想起させます。ショーペンハウアーはここで、言語史的事実を援用することで自らの厭世的世界観に文献学的な裏づけを与えており、彼の博識な教養がうかがえる一例となっています。
日本語全訳
最後に訳をまとめておきます。
確かに人間の人生は、粗悪品がいつもそうであるように、偽りの光沢で覆われている。苦しんでいる者はつねに自分を隠すが、反対に、人が少しでも手に入れた虚飾や華やかさは、誰もがこれ見よがしにひけらかす。そして、内面的な満足が彼から離れれば離れるほど、他人の目には幸運な人物として映りたいという願望はいっそう強くなる。人間の愚かさはこれほどまでに進んでいるのであり、他人の評価というものは、誰にとっても努力の主要な目的となっている。しかし、その虚無性は、ほとんどすべての言語において「虚栄(vanity / vanitas)」という語が、本来「空虚」や「無」を意味しているという事実によって、すでに表現されているのである。

