英語の読解力を磨くうえで最強のアイテムが、哲学の本です。
高度に論理化された英文を読み解くことになるので、自然とハイクオリティな精読トレーニングになるのです。
僕は趣味で哲学の本をよく読むのですが、英語学習にもそれを活かして取り入れてきました。
この記事では、洋書で哲学を読んでみたいという人のために、英語圏の哲学書のなかから、比較的読みやすくかつ重要なものを紹介します。
- サンデル『Justice: What’s the Right Thing to Do?』
- ラッセル『西洋哲学史(A History of Western Philosophy)』
- レイ・モンク『ウィトゲンシュタイン』(Wittgenstein: Duty)
- ロールズ『正義論』(A Theory of Justice)
- リチャード・ローティ『偶然性・アイロニー・連帯』(Contingency, Irony, and Solidarity)
- エマーソン『自己信頼』(Self-Reliance)
- ジェイムズ『プラグマティズム』(Pragmatism)
- バークリー『ハイラスとフィロナスの三つの対話』(Three Dialogues between Hylas and Philonous)
- ヒューム『人間知性研究』(An Enquiry Concerning Human Understanding)
- 『哲学で学ぶ英語 思考力を鍛える英文読解講義』
サンデル『Justice: What’s the Right Thing to Do?』
「正義とは何か」という根本問題を、現実の社会問題と結びつけながら考察する一冊。
日本でも『これからの正義の話をしよう』というタイトルでベストセラーになったので、読んだことのある人も少なくないかもしれません。
ハーバード大学で長年講義されてきた人気授業「Justice」をもとに書かれています。抽象的な理論を単なる解説に終わらせず、読者自身に考えさせる構成が特徴。
災害時の価格つり上げ、大学入試の優遇措置、同性婚や安楽死といった現代的な論争を題材に、「何が正しいのか」を読者に問いかけます。こうした事例を通じて、カントやミル、ロールズ、アリストテレスといった古典的思想家の理論が、生きた問題として理解できるよう工夫されているわけです。
文章は哲学書としては非常に易しく、しかも内容は本格的であり、英語力と思考力を同時に鍛えることができるでしょう。
なおYoutubeにはハーバード大学で行われた講義もフルでアップされています。本書と合わせて視聴していけば、内容の理解はさらに深まり、しかもリスニング力まで上げることができます。
ラッセル『西洋哲学史(A History of Western Philosophy)』
イギリスの哲学者バートランド・ラッセルによって書かれた、西洋哲学全体の流れを一冊で見渡せる名著。哲学史の入門書として世界的に有名な作品です。
古代ギリシアから20世紀初頭の哲学まで、一気に見渡すことができます。哲学者の短い伝記→思想の要約→ラッセルによる評価、という構成で、何十人もの哲学者たちが料理されていきます。
ラッセルは哲学者であると同時に数学者でもあり、論理学という分野を大きく発展させたことで知られています。さらにノーベル文学賞まで受賞しています。
彼の美文は名高く、日本でも昔の英語教科書や参考書には、彼のエッセイが収録されていることが多々ありました。
本書の文章は難解な部分もありますが、全体としてはかなり読みやすい部類に入ると思います。
レイ・モンク『ウィトゲンシュタイン』(Wittgenstein: Duty)
ラッセルの教え子のひとりに、ウィトゲンシュタインという天才がいました。言語ゲームなどの独特の概念を発明し、20世紀以降の哲学に甚大な影響を与えた人物です。
本書は、そのウィトゲンシュタインの生涯と思想を追いかけた評伝の傑作。
ウィトゲンシュタインは単に頭がいいだけでなく、絵に描いたような天才肌の人物でした。その異常なパッションとカリスマが、周囲を圧倒していきます。
その人物を書いた伝記が面白くならないわけがない。本書は日本語版の入手が難しいため、英語が読める人はぜひとも原書を読むべきでしょう。
ロールズ『正義論』(A Theory of Justice)
20世紀の政治哲学において最も重要な著作とされる一冊であり、哲学の洋書を読みたい人にとって、挑戦する価値のある古典の筆頭格。
「公正としての正義(justice as fairness)」という理論を打ち出し、社会の基本的な制度や富の分配をどう設計すべきかを問う本です。
出版直後から政治哲学・倫理学・法学・経済学にわたる広範な議論を巻き起こし、ノージック、サンデル、ドウォーキンをはじめ多くの論者がロールズへの応答として自らの理論を構築することになります。
福祉国家の哲学的根拠を与えたとも評され、現代のリベラリズム議論を理解するうえで避けては通れない一冊でもあります。
内容的には、正直に言えば難しいです。全体で600ページ近くあり、緻密な論述が続きます。ただし、文章自体は明晰で、曖昧さはなく、論理の流れをきちんと追えば理解できる構造になっています。
まず第1章(pp.1–53)だけ読むという戦略が有効。「無知のヴェール」などコアなアイデアはここに凝縮されているからです。また、サンデルの『これからの「正義」の話をしよう』や入門書でロールズの概要を掴んでから原典に当たると格段に読みやすくなるでしょう。1999年改訂版の方が表現が整理されているため、これから読む人にはこちらがおすすめ。
リチャード・ローティ『偶然性・アイロニー・連帯』(Contingency, Irony, and Solidarity)
ローティはアメリカにおけるプラグマティズム復活を主導した、ネオプラグマティストの代表者として知られます。
ロールズが「正義の原理を基礎づける」ことを目指したのに対し、ローティはそもそも哲学が社会や道徳の「基礎」を提供できるという考え方そのものを疑います。
本書はプラグマティズムの伝統を引き継ぎながら、言語・自己・社会という三つのテーマを軸に、ポストモダン的なリベラリズムの可能性を探る野心的な著作です。
アメリカの伝統的な哲学と、ハイデガーやデリダなどのヨーロッパ哲学、この二つを融合させようとするところも、ローティの魅力の一つ。
ロールズの文体とは対照的に、ローティは文学的なスタイルを好みます。エッセイ的な楽しさもあり、読み物としての格は上ですが、そのぶん英文は難解になります(英語圏の読み物は専門書より文学書のほうが難しい)。
エマーソン『自己信頼』(Self-Reliance)
エマーソンの論文集『エッセイ集:第一シリーズ』に収められた一篇のエッセイ。その影響力はあまりに大きく、単独テキストとして繰り返し出版・引用されてきました。
アメリカのトランセンデンタリズム(超越主義)を代表する文章であり、19世紀から今日に至るまでアメリカ思想の精神的背骨となっています。
自己の深みに降りていくことが、より大きな自然や宇宙との合一につながるという、トランセンデンタリズム特有の霊的なビジョンが特徴。
ニーチェ、ウィリアム・ジェームズ、ジョン・デューイなど後世の哲学者たちへの影響は深く、ローティも本書を重要な先行テキストとして位置づけています。
アメリカ文化における「自己実現」「個人の自律」という価値観の哲学的源泉として、文学・心理学・経営思想にまで浸透しています。スティーブ・ジョブズのスタンフォード大学でのスピーチからビジネス書まで、エマーソンのエコーはいたるところに聞こえます。
内容的には万人向けで面白いですが、文章は難しいです。論理的な難しさではなく、文体的・詩的な難しさ。上級者向けの洋書だといえるでしょう。
ジェイムズ『プラグマティズム』(Pragmatism)
アメリカ哲学といえばプラグマティズム、そしてプラグマティズムといえばウィリアム・ジェイムズのこの本。
抽象的な真理や絶対的な実在を探求する従来の哲学に対し、ジェイムズは「その考えを信じることで、私たちの生はどう変わるか」という実践的な問いを哲学の中心に据えます。観念の意味はその具体的な結果によって測られる。これがプラグマティズムのメソッドです。
デューイ、ミード、クワイン、そして前述のローティへと続くアメリカ・プラグマティズムの系譜において、本書はもっとも広く読まれた古典的テキストです。哲学にとどまらず、教育学・心理学・法学・経営学にまでその影響は及んでいます。
もともとは1906〜07年にかけてボストンとニューヨークで行われた8回の公開講義をまとめたもの。そのため本書は哲学書としては異例な語りかけるような文体をとっており、「難解な哲学を一般聴衆に届ける」という意図が最初から組み込まれています。
ただしスラスラ読めるかというとそんなことはなく、たとえばラッセルより難しいです。
バークリー『ハイラスとフィロナスの三つの対話』(Three Dialogues between Hylas and Philonous)
バークリーはイギリス経験論を代表する哲学者であり、同時に観念論哲学を代表する存在でもあります。
経験論を突き詰めて考えた結果、極端な観念論的な世界観が出てくるのが、バークリーの面白さ。
本書は彼の代表作のひとつで、プラトンの対話篇を真似て書かれています。古典的な哲学の洋書リストのなかでは、もっとも読みやすい古典のひとつかもしれません。
議論はハイラスの素朴な反論とフィロナスの応答というキャッチボールで進むため、どの論点をいま議論しているのかが常に明確です。読者が感じるであろう疑問をハイラスの口から先回りして出させるという巧みな設計をとっていて、読者は自然とフィロナスとともに考えながら読み進めることができます。
英語としても、18世紀初頭の端正な散文で書かれています。エマーソンのような詩的な飛躍もなく、構文は明快です。
ヒューム『人間知性研究』(An Enquiry Concerning Human Understanding)
西洋哲学史においてもっとも重要な存在のひとりがこの人。日本では人気がありませんが、イギリス経験論を代表する存在にして、現代の認知科学や神経科学の分野でも存在感を放つ人物です。
イギリス経験論をバークリー以上に突き詰めることで、ある種の懐疑論的な終着点に達してしまうのがその特徴。
ヒュームの主著は『人間本性論』といいますが、あれは分量が多く、著述も難しいのであまりおすすめできません。
むしろこの『人間知性研究』のほうがおすすめです。『人間本性論』があまりに売れなかったため、それをわかりやすくアレンジして書かれたのがこの作品。この本だけでも、ヒューム哲学のコアにふれることができます。
『哲学で学ぶ英語 思考力を鍛える英文読解講義』
最後に拙著も紹介しておきます。
エマーソン
ウィリアム・ジェイムズ
バークリー
ヒューム
ホワイトヘッド
の5名の哲学者を取り上げ、その名文を一文ずつ解説していくスタイルの英文読解テキストです。
哲学の原典に興味のある人、論理的な文章で精読力と思考力を磨きたい人、どちらにもおすすめです。
