近代英語の歴史をたどることは、大英帝国の歴史をたどることとほぼ同義です。
英語は、自然に「便利な国際語」になったのではありません。軍事、行政、教育、商業といった帝国の装置によって、世界各地へ運ばれ、定着させられた言語でした。
近代英語とは、単なる言語変化の結果ではなく、権力と拡張の歴史そのものだったのです。
この記事では、文法がほぼ固定された後の英語が、どのようにして世界へ広がり、多様な英語へと分岐していったのかを見ていきます。
近代英語を理解することは、現代の英語学習で感じる違和感――学校英語と現実の英語のズレ――の正体を知ることでもあります。
近代英語とは何か?

近代英語とは、近世英語の時代を経て形成された英語が、さらにその使用範囲を大きく広げていった段階を指します。
おおよその時代区分としては18世紀から20世紀初頭までが想定されます。
近世英語との決定的な違いは、言語の内部構造に大きな変化が起こらなくなった点にあります。
近世英語の時代には、語彙の爆発的増加や文体の確立といった内部的な変化が見られましたが、近代英語に入ると、文法や基本的な語順はほぼ固定されます。
主語・動詞・目的語を中心とする語順や、助動詞による時制・法の表現は、現代英語とほとんど同じ形に落ち着きました。
しかし、変化が止まったのは文法だけでした。
語彙と使用範囲において、英語はこれまでにない拡大期を迎えます。
科学、産業、政治、経済といった新しい分野が次々と生まれる中で、それらを表すための語彙が大量に必要とされました。
英語は既存の語を組み合わせたり、新語を作ったり、他言語から語を借用したりしながら、急速に語彙を増やしていきます。
同時に、英語が使われる場所も劇的に変化しました。
近世英語までの英語は、基本的にはイングランドを中心とした地域的な言語でしたが、近代英語の時代には、英語は国境を越えて用いられるようになります。
英語は一つの共同体の母語であるだけでなく、異なる文化や言語背景をもつ人々をつなぐ実用的な言語へと変わっていきました。
近代英語とは、文法がほぼ完成し安定した一方で、語彙と使用範囲が際限なく拡大していった時代の英語です。
近代英語の歴史をたどることは、なぜ現代英語がこれほど多様で、柔軟で、世界中で使われているのかを理解するための第一歩になります。
大英帝国と英語の拡大
近代英語が世界へと広がっていった最大の要因は、大英帝国の拡大にあります。
18世紀から19世紀にかけて、イギリスは広大な植民地を築き、英語はその支配構造の中で重要な役割を担うことになりました。
英語が国際的に使われるようになった背景には、言語としての優秀さよりも、政治的・歴史的な力関係が存在していたのです。
植民地支配の現場において、英語は行政言語として用いられました。
法律や公文書、裁判、税制度といった統治の仕組みは英語によって運営され、現地の人々が権力にアクセスするためには英語を理解することが不可欠となりました。
この段階で英語は、単なる意思疎通の手段ではなく、社会的地位や機会と直結する言語へと変わっていきます。
教育の分野でも、英語は中心的な役割を果たしました。
植民地では英語による教育制度が整えられ、学校や大学で英語が教授言語として用いられました。
英語を学ぶことは、知識を得る手段であると同時に、支配側の価値観や制度を理解することでもありました。
この過程で英語は、知的エリート層の言語としての性格を強めていきます。
また、軍事や商業の分野でも英語は重要でした。
軍隊の指揮命令や記録、貿易や契約といった実務の場面で英語が使われることで、英語は実用的で即効性のある言語として広まっていきます。
特に商業の分野では、英語は異なる言語背景をもつ人々をつなぐ共通語として機能し始めました。
こうして英語は、植民地支配の過程で「権力の言語」としての地位を確立します。
英語を使えるかどうかが、政治・経済・教育へのアクセスを左右する状況が生まれ、英語は世界各地に深く根を下ろしていきました。
この歴史を理解することで、英語がなぜこれほど広範に使われるようになったのか、その現実的な理由が見えてきます。
世界に広がった英語は一つではなくなった
英語が世界へと広がっていく中で、重要な事実が次第に明らかになります。
それは、英語は一つの形のまま世界に広がったのではない、ということです。
大英帝国の拡大によって英語は各地に持ち込まれましたが、その土地ごとに異なる歴史や環境の中で変化し、複数の英語が生まれていきました。
近代英語の時代は、英語が初めて「複数形」になった時代でもあります。
とりわけ大きな影響力をもったのが、アメリカ英語の成立です。
北米では、イギリスから移住した人々が持ち込んだ英語が、独自の社会環境の中で発展しました。
イギリス本国から地理的に離れていたことや、多様な移民言語と接触したことにより、語彙や発音、表現の面で独自の変化が進みます。
アメリカ英語は単なる「なまり」ではなく、一つの自立した変種として成長していきました。
発音の面では、イギリス英語とは異なる特徴が定着します。
語末の r を発音する傾向や、母音の違いなどは、その代表例です。これらは誤りではなく、歴史的に形成された体系的な違いです。
語彙においても、日常生活や自然環境に根ざした新しい語が生まれ、イギリス英語とは異なる表現が一般化しました。
綴りの違いも、近代英語の多様化を象徴しています。
アメリカでは綴りを簡略化しようとする動きが強まり、イギリス英語とは異なる標準が形成されます。
こうした違いは、偶然ではなく、意識的な改革や実用性の追求によって生まれたものでした。
その結果、英語には複数の「標準」が並び立つ状況が生まれます。
オーストラリア英語など、他の地域の英語も同様に独自の道を歩みました。
それぞれの英語は、共通の文法構造を保ちながらも、発音や語彙、言い回しに地域性を反映しています。
ここで重要なのは、「正しい英語」が一つではなくなったという点です。近代英語の時代に、英語は単一の規範から解放され、多様な姿で存在する言語となりました。
この事実は、英語学習者の疑問に直結します。
なぜ教科書と映画の英語が違うのか、なぜイギリス英語とアメリカ英語が混在しても通じるのか。
その答えは、英語が世界の各地で独自に育ってきた言語だからです。
近代英語の歴史を知ることで、英語の多様性は混乱すべきものではなく、自然な結果であることが理解できるようになります。
英語が外来語を吸収し続けた理由
近代英語の時代、英語は世界各地へと広がる中で、外来語を際限なく吸収する言語へと変化していきました。
この現象は偶然ではなく、英語が世界語として用いられるようになった結果でもあります。
英語が語彙を増やし続ける理由は、その歴史的な役割そのものにあります。
大英帝国の拡大によって、英語はインド、アフリカ、アジアなど、さまざまな地域の言語と接触しました。
その過程で、英語にはそれぞれの土地に固有の概念や文化を表す語が取り込まれていきます。
既存の英語ではうまく表現できない事物や制度に直面したとき、英語はそれらを排除するのではなく、名前ごと受け入れる道を選びました。
とくに顕著なのが、食文化に関わる語彙です。
現地の料理や食材は、翻訳されることなく、そのまま英語に取り込まれることが多くありました。
同様に、政治制度や社会的な役割、宗教的な概念、自然環境に関する語彙も、各地域の言語から借用されていきます。
こうした語は、英語圏の人々にとっても新しい現実を理解するために不可欠なものでした。
このような借用が進んだ背景には、英語が「支配する側の言語」であると同時に、「調整するための言語」であったという事情があります。
異なる文化や言語背景をもつ人々が関わる場では、細かな意味の違いを正確に伝える必要がありました。
そのため英語は、自らの語彙体系を守るよりも、実用性を優先して外来語を取り込み続けたのです。
こうして英語は、純粋な体系をもつ言語ではなく、さまざまな言語の要素が混ざり合った「雑種的な言語」となりました。
しかし、この雑種性こそが英語の強さでもあります。
新しい概念が生まれるたびに、それを表す語を柔軟に受け入れることができるため、英語の語彙は事実上、上限なく増え続けるのです。
なぜ英語は語彙が無限に増えるのか。
その答えは、英語が世界語として機能する中で、異なる文化や現実を包み込む役割を担ってきたからです。
近代英語のこの性質は、現代英語にもそのまま引き継がれており、英語が変化し続ける言語であることを示しています。
近代英語時代に生まれた新語の例
この時代に植民地つながりで生まれた新語をいくつか例示してみます。
調べてみると意外な単語が意外な出身地をもっていて、かなり驚きます。
アメリカ英語(American English)
先住民言語由来
- moose(ヘラジカ)
- raccoon(アライグマ)
- skunk(スカンク)
- hickory(ヒッコリーの木)
- tomahawk(斧)
新大陸の自然・生活
- prairie(草原)※仏語経由だが定着はアメリカ
- backwoods(辺境の森)
- frontier(開拓前線)
社会・文化
- cowboy
- OK(語源は諸説あるがアメリカ発祥)
- teenager
- lobbyist
- drive-in
- know-how
インド英語(Indian English)
インド諸語由来(主にヒンディー語・ウルドゥー語)
- bungalow(平屋)
- shampoo(洗う)
- pajamas
- jungle
- thug(元は宗教集団の名)
- loot
- curry
英語+インド的語義
- prepone(前倒しする:postpone の反対)
- eve-teasing(女性への軽薄な嫌がらせ)
- godown(倉庫)
オーストラリア英語(Australian English)
アボリジニ諸語由来
- kangaroo
- koala
- boomerang
- dingo
- wombat
オーストラリア独自の口語・俗語
- outback(内陸部)
- bush(未開地)
- mate(友人)
- barbie(バーベキュー)
- fair dinkum(本当の、正真正銘の)
ニュージーランド英語(New Zealand English)
マオリ語由来
- kiwi(鳥・人)
- haka(戦いの踊り)
- pā(要塞)
- whānau(家族)
- mana(霊的威信)※汎ポリネシア語
地域語義
- bach(別荘・小屋)
- jandals(ビーチサンダル)
規範と実用のあいだで
近代英語の時代には、英語を「正しく使う」ための基準を定めようとする動きが強まります。
英語が広い地域で使われ、多様な形をとるようになったからこそ、共通の規範が必要とされたのです。
この流れの中で、辞書や文法書が重要な役割を果たすようになります。
辞書編纂の象徴的な存在が、18世紀に刊行されたジョンソン辞典です。
この辞典は、単に語の意味を並べただけではなく、用例を示しながら英語の使い方を整理しようとしました。
多くの人々にとって、ジョンソン辞典は「信頼できる英語」の基準となり、英語に正解があるという意識を広めることになります。
同時に、文法の規範化も進みました。
文法書の著者たちは、英語を論理的で整った言語として説明しようとし、ときにはラテン語の文法を理想モデルとして英語を整理しました。
その結果、実際の使用とは必ずしも一致しない規則も生まれます。
しかし、こうした規範は教育の現場で広く採用され、「正しい英語」として定着していきました。
一方で、現実の英語使用は常に変化し続けていました。
話し言葉や地域ごとの英語、実務の現場で使われる英語は、文法書の規則どおりには動きません。
規範として定められた英語と、人々が実際に使う英語とのあいだには、次第にズレが生じていきます。
このズレこそが、現代の英語学習者にもなじみ深い「学校英語」と「生きた英語」の違いの起源です。
学校で教えられる英語は、近代に作られた規範を受け継いでいますが、実際の英語は世界中で使われる中で柔軟に変化してきました。
近代英語の時代は、英語が一つの正解をもつ言語であるという考えと、現実に使われる多様な英語との緊張関係が生まれた時代でもあったのです。
そして現代英語へ
近代英語の時代が終わりを迎え、大英帝国が衰退していった後も、英語は世界から消えることはありませんでした。
むしろ、英語は帝国の枠を超えて生き残り、新たな形で世界に定着していきます。
この点にこそ、近代英語から現代英語への移行の本質があります。
英語が帝国の衰退後も残った理由の一つは、すでに多くの地域で実用言語として根付いていたことです。
行政、教育、商業、科学といった分野で英語が使われ続けていたため、支配体制が変わっても、英語そのものを手放す合理的な理由はありませんでした。
英語は権力の象徴から、利便性の高い共通の道具へと役割を変えていきます。
20世紀に入ると、英語は国際共通語としての地位をさらに強めます。
国際会議や外交、学術研究、ビジネスの場で英語が選ばれるようになり、英語は特定の国に属する言語というよりも、国際社会の共通インフラのような存在になっていきました。
この段階で、英語はもはや「誰かの母語」である以上に、「誰もが使う言語」として機能し始めます。
こうした変化は、現代英語の多様性へと直接つながっています。
英語は世界中で使われる中で、発音や語彙、表現に地域ごとの特徴を保ち続けました。
単一の標準に収束するのではなく、複数の英語が共存する状態が当たり前になったのです。
現代英語が一様でないのは、混乱の結果ではなく、世界語として成熟した結果だと言えます。
近代英語から現代英語への移行は、英語が歴史的な支配の遺産を超え、実用と共有の言語として再定義された過程でした。
英語は完成された体系を保ちながら、世界の現実に応じて姿を変え続けています。
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