私たちはなぜ、物語の展開を「なんとなく」予想できてしまうのでしょうか。
主人公が日常を離れ、仲間と出会い、敵と戦い、成長して帰ってくる――この型は、時代や文化を超えて、驚くほど多くの物語に繰り返し現れます。
その代表例が、20世紀アメリカで生まれた児童文学『オズの魔法使い』です。
一見するとシンプルな童話に見えるこの作品は、実は現代のファンタジー小説、映画、ゲームに至るまで、物語の「設計図」として機能してきました。
『指輪物語』や『スター・ウォーズ』、さらにはRPG的なパーティ構造にまで、その影響は及んでいます。
『オズの魔法使い』は、単に有名な物語なのではなく、「物語がどう作られるか」を無意識のレベルで私たちに教えてきた作品なのです。
本記事では、『オズの魔法使い』を例に、冒険物語の典型的な構造がどのように組み立てられているのかを読み解いていきます。
この構造を知ることで、英語の物語が読みやすくなるだけでなく、なぜ多くの名作が似た展開を持つのか、その理由も見えてくるはずです。
作者ボームと彼の代表作『オズの魔法使い』
ライマン・フランク・ボームは、19世紀後半から20世紀初頭にかけて活躍したアメリカの作家です。
1856年にニューヨーク州で生まれ、若い頃は俳優や新聞記者、雑誌編集者、さらには商業経営など、さまざまな職業を経験しました。
こうした多彩な人生経験は、彼の物語に現実感と柔軟な発想を与えたといわれています。
文学的には、当時のアメリカで主流だった教訓的で道徳色の強い児童文学とは一線を画し、「子どもが純粋に楽しめる物語」を目指した点に、ボームの大きな特徴があります。
ボームが1900年に発表した『オズの魔法使い(The Wonderful Wizard of Oz)』は、彼の代表作であり、アメリカ児童文学史において画期的な作品です。
主人公はカンザスに住む少女ドロシーで、竜巻によって不思議な国オズに飛ばされます。
故郷に帰るため、ドロシーは脳を求めるかかし、心を求めるブリキの木こり、勇気を求める臆病なライオンとともに、オズの魔法使いを訪ねる旅に出ます。
この旅の過程で、仲間たちはそれぞれが欠けていると思い込んでいたものを、実はすでに自分の内側に持っていたことに気づいていきます。
『オズの魔法使い』は、明確な勧善懲悪や説教を前面に出すのではなく、冒険そのものの楽しさと、成長の物語を自然な形で描いています。
魔法や幻想的な世界観を用いながらも、物語の核心には「自分に足りないと思っているものは、本当に外から与えられるものなのか」という普遍的な問いがあります。
この点が、子どもだけでなく大人の読者にも長く読み継がれてきた理由の一つでしょう。
また、本作は出版後すぐに大きな人気を博し、ボーム自身もオズ・シリーズとして続編を次々と執筆しました。
さらに20世紀にはミュージカルや映画、アニメーションなど多様なメディアに展開され、とくに1939年の映画版は世界的な名作として知られています。
『オズの魔法使い』は、単なる児童文学作品にとどまらず、後のファンタジーや冒険物語の原型の一つとして、物語構造の面でも大きな影響を与えた作品だといえるのです。
冒険物語の典型的な構造

『オズの魔法使い』は、冒険物語に典型的とされる構造を非常にわかりやすい形で示している作品です。
物語の展開を追うと、読者は自然に「旅立ち―試練―帰還」という基本的な枠組みを理解することができます。
ここでは、五つの段階に沿って解説します。
フェーズ1 故郷を離れ旅に出る
まず第一に、「故郷を離れ旅に出る」という段階です。
物語は、主人公ドロシーが暮らすカンザスの単調で厳しい日常から始まります。竜巻によってオズの国へと飛ばされる出来事は、彼女の意思とは無関係に起こりますが、結果としてそれは日常世界から非日常世界への明確な断絶を生み出します。
この「強制的な旅立ち」は、主人公を安全な場所から切り離し、冒険に参加させるための典型的な装置です。
ここで読者は、主人公と同じく未知の世界へ足を踏み入れることになります。
フェーズ2 仲間が加わる
第二に、「仲間が加わる」という段階があります。
ドロシーは旅の途中で、かかし、ブリキの木こり、臆病なライオンと出会います。
彼らはそれぞれ異なる欠落を抱えており、その欠落こそが旅に出る動機となっています。
冒険物語において仲間は、主人公の能力を補完し、物語に多様性と奥行きを与える存在です。
本作では、仲間たちが単なる助っ人ではなく、それぞれが独立した目的と内面の葛藤を持っている点が特徴的です。
フェーズ3 敵が出現する
第三に、「敵が出現する」という段階です。
オズの国には、善良な魔女だけでなく、ドロシーたちの行く手を阻む存在も登場します。とくに西の悪い魔女は、物語全体に緊張感を与える明確な敵役として機能します。
冒険物語における敵は、単なる障害物ではなく、主人公たちの成長や結束を促す試練として配置されます。
敵の存在によって、旅は単なる移動ではなく、危険を伴う挑戦へと変わります。
フェーズ4 最終決戦が始まる
第四に、「最終決戦が始まる」という段階です。
ドロシーたちはオズの魔法使いのもとへたどり着き、やがて彼の要求によって西の悪い魔女と対峙することになります。
この場面は、物語の緊張が最高潮に達する局面であり、それまでの旅で培われた仲間同士の信頼や経験が試されます。
ここで重要なのは、決定的な勝利が必ずしも圧倒的な力によってもたらされるわけではない点です。偶然や機転が勝敗を左右することも、冒険物語の一つの典型といえます。
フェーズ5 故郷へと帰還する
そして第五に、「故郷へと帰還する」という段階です。
冒険を終えたドロシーは、最終的にカンザスへ帰ります。しかし、この帰還は単なる元の状態への回帰ではありません。旅を通して得た経験によって、彼女の世界の見え方は変わっています。
冒険物語における帰還は、出発前とは異なる視点や成熟を伴うことが重要です。
『オズの魔法使い』では、「家ほど素敵な場所はない」という言葉に象徴されるように、旅を経たからこそ故郷の価値が再発見される構造になっています。
このように『オズの魔法使い』は、冒険小説の基本的な構造を忠実になぞりながら、それを非常に親しみやすい物語として提示しています。
そのため本作は、冒険物語の原型を学ぶうえで、格好の教材ともいえる作品なのです。
『オズの魔法使い』の影響力
『オズの魔法使い』の影響力は、一つの児童文学作品の枠を大きく超えています。
本作は物語構造、ファンタジー表現、さらには大衆文化全体にまで広範な影響を及ぼし、その痕跡は現在に至るまで確認することができます。
まず、物語構造の面での影響が挙げられます。
『オズの魔法使い』は、「日常世界から非日常世界へ移行し、試練を経て帰還する」という冒険物語の基本構造を、非常に明快な形で提示しました。
この構造は後のファンタジー作品や冒険小説に繰り返し用いられ、とくに児童文学やヤングアダルト向け作品において、一種の標準形となりました。
物語を初めて書く人や読む人にとっても理解しやすい枠組みであったため、教育や創作の現場でも参照され続けています。
次に、ファンタジー世界の描き方に与えた影響があります。
オズの国は、単なる空想世界ではなく、道や都市、住民、支配者といった要素が体系的に配置された世界として描かれています。
この点は、後のハイ・ファンタジー作品に見られる「世界構築」の先駆的な例といえます。
トールキンの中つ国のような緻密な設定とは方向性が異なるものの、異世界を一つの社会として描くという発想を、一般読者に広く浸透させた功績は大きいといえるでしょう。
また、登場人物の造形にも大きな影響が見られます。
かかし、ブリキの木こり、臆病なライオンは、それぞれ欠落を抱えながらも旅の中で自らの価値に気づいていく存在です。
この「欠けた仲間たちが集い、互いを補い合う」という構図は、その後の冒険物語やファンタジー作品で頻繁に用いられるようになりました。
現代のRPGやアニメ、映画に見られるパーティ編成の原型の一つとしても理解することができます。
さらに、大衆文化への影響も非常に大きなものがあります。
1939年の映画版『オズの魔法使い』は、カラー映像の効果的な使用や音楽表現によって、映画史に残る名作となりました。
この映画を通じて、「Somewhere Over the Rainbow」やドロシーの赤い靴といった象徴的なイメージが世界中に広まり、物語の内容を知らない人にもそのモチーフが共有されるようになりました。
文学作品が映像や音楽を通じて再解釈され、独立した文化的アイコンになるという流れの先駆例でもあります。
最後に、『オズの魔法使い』は物語の解釈の多様性という点でも影響を与えています。
政治的寓話、心理的成長物語、アメリカ的価値観の象徴など、さまざまな読み方が提示されてきました。
一つの物語が単線的な意味に回収されず、読者や時代によって異なる意味を帯びるという点で、本作は非常に豊かな解釈の可能性を持っています。
このように『オズの魔法使い』は、冒険物語の型を定着させ、ファンタジー世界の描き方を広げ、さらには大衆文化の象徴を生み出した作品です。
その影響力は一過性のものではなく、現代の物語表現の基盤の一部として、今なお生き続けているといえます。
同じ物語構造が見られる有名作品
『オズの魔法使い』に見られる、
①旅立ち → ②仲間 → ③敵 → ④決戦 → ⑤帰還
という構造は、ジャンルや時代を超えて繰り返し用いられてきました。
ここでは、古典から現代作品まで、代表的な例を分野別に挙げて解説します。
古典・神話
まず、この構造は神話や叙事詩の段階ですでに確立されています。
『オデュッセイア』
トロイア戦争を終えたオデュッセウスが故郷イタケへ帰る物語です。
戦場からの出発、仲間との航海、怪物や神々という敵、数々の危機的局面、そして最終的な帰還という流れは、冒険物語の原型といえます。
『ギルガメシュ叙事詩』
王であるギルガメシュが旅に出て、エンキドゥという仲間を得て、怪物と戦い、死と向き合い、最終的に王として成熟して戻る物語です。
精神的な帰還が重視される点も、『オズの魔法使い』と共通しています。
児童文学・ファンタジー
『指輪物語』
フロドは平穏な故郷ホビット庄を離れ、仲間と旅をし、サウロンという圧倒的な敵と対峙し、最終的に指輪を滅ぼして帰還します。
スケールは大きく異なりますが、構造そのものは極めて近いものです。
『不思議の国のアリス』
アリスが日常世界から異世界に落ち、奇妙な存在と出会い、混乱と対立を経験し、目覚めて元の世界に戻るという流れは、短い形式ながら冒険構造を明確に備えています。
『ハリー・ポッター』シリーズ
ハリーは日常世界を離れ、仲間とともに魔法界に入り、ヴォルデモートという敵と段階的に対峙し、最終決戦を経て「帰るべき場所」を再定義していきます。
学年ごとの循環構造も、このテンプレの反復といえます。
東洋の物語・昔話
『桃太郎』
鬼退治のために村を出発し、犬・猿・雉という仲間を得て、鬼という敵を倒し、宝を持って帰還します。
非常に簡潔ですが、冒険物語の骨格がそのまま表れています。
『西遊記』
三蔵法師が旅に出て、孫悟空たちを仲間にし、妖怪や魔物と戦いながら目的を果たし、最終的に帰還する物語です。
連続する試練型の冒険として、世界的にも大きな影響を持っています。
現代映画・ポップカルチャー
『スター・ウォーズ(新たなる希望)』
ルークが砂漠の惑星を離れ、仲間と出会い、帝国という敵と戦い、決戦を経て英雄として帰還する構造は、『オズの魔法使い』を強く意識して作られた例としてよく知られています。
『マトリックス』
ネオは日常世界から目覚め、仲間を得て、システムという敵と対峙し、自己の覚醒を経て新たな段階へ進みます。
物理的な帰還よりも、認識の変化が重視される点が特徴です。
まとめ
このように、
・神話
・児童文学
・ファンタジー
・映画や現代小説
といった異なる領域においても、同一の物語構造が繰り返し用いられています。
『オズの魔法使い』はこの普遍的な型を、非常にわかりやすく可視化した作品であり、そのため「物語のテンプレ」を理解する際の基準点として、今なお参照され続けているわけです。
この構造を知ったうえで原文を読んでいくと、さらに作品の奥深くへと踏み入っていくことができるようになります。
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